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姥捨て山

ふきだまりのまち

harmony

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 小説の方を読了したあとに映画が公開されたので見てきました。

おネタバレが転がっています

ミァハは一番幸せだった頃に帰りたくて、その世界に誰ひとりつまはじきに合わすことなく"誰しも"を連れて行きたいからharmonyプログラムを起動させたいと言っていたけれど、トァンはミァハが一番窮屈だった頃のミァハが好きだから、ミァハがharmonyプログラムによって死んでしまう(意識が喪失する)位なら殺してしまうというようにみえた。小説の方だと、トァンがミァハへの復讐として、あなただけはあなたの望んだ世界に連れて行ってあげない、という印象がすごく強かったから、愛憎劇の方が強く出ていたことにすこしだけ驚いた。それでもあの結末はあの結末で良かった。

トァンはミァハ、というか過去にとらわれ続けていて、ミァハのあしあとを辿るようにしてミァハを追いかけるところも、短髪だった髪の毛を長く伸ばしているところも、ミァハが彼女の中に大きく生きているからこそ、自然とそれを追いかけてしまっているのかなあとか。キアンは学生時代の話を思い出のおはなしだと割り切っているのかと思いきや、「ごめんね、ミァハ」と言って首を掻っ切るところで彼女なりの葛藤が転がっていたし、上手く社会に順応したように見えていたところが、過去にいろんなことはあったけれども能面のような顔をして一般的な日常生活を送るタダの人になったのだってところが、そこらへんで見える電車に乗っている社会人の顔のように見えたところとか。良くも悪くもキアンは大人になったけれど、トァンは良くも悪くも大人になれなかったんだろうなとか、対比が濃かった印象。

ミァハの意識が生まれたチェチェンで再び意識が生まれる前に戻ろうとするの、産卵しに生まれた川に戻ったシャケみたいだなと思ったし、意識が生まれたことで恐怖他の感情を与えられたミァハにとってイイ思い出がない場所にまた戻ってきて、そこでまた生まれ直そうとするミァハも、きっと過去に戻りたいと望んでたのかなあ。

 

過去を回想して幸せな気持ちになれるのは良いことだ、わたしには戻りたい過去も進みたい未来もねえよ…